レストランのバーから生まれた、ブルックリンの「テストキッチン」醸造所――テスト
ニューヨーク州ブルックリン、ウィリアムズバーグ。ここで実験的なビールを造るのが、ベン・クレイトン(Ben Clayton)が営むテスト(Test / The Test Brewery)だ。自らを「テストキッチン」「シンクタンク」と呼び、ヘイジーIPAからメキシカンラガー、サワー、ピルスナーまで、料理人のように原料から考えて醸造する。USA Today が選ぶ2026年の全米注目新規ブルワリーにも名前が挙がった。
このブルワリーを理解する鍵は、クレイトン自身の歩みと、彼が原料に向ける視線にある。
爆発するセゾンから始まった、回り道の修業
クレイトンの出発点は、よくあるホームブルーだった。妻に醸造キットを贈られ、ブッシュウィック地区のロフトでセゾンを仕込む。ただし最初の数本は炭酸が強すぎて、4.5メートル超の天井にビールを跳ね返すような有様だったという。本人いわく、何かを失敗するとそれが頭から離れず、納得できるまで作り直さずにいられない性分で、「永遠に完璧にならない」ビール造りはその性格にぴたりとはまった。
転機になったのが、ミシュランの星を持つファーム・トゥ・テーブルの名店ブルーヒル(Blue Hill)でバー部門を率いた経験だ。ブルーヒルはウェストチェスター郡にモデル農場を持ち、農と食のつながりを掘り下げてきた店として知られる。そこでクレイトンは、原料の供給網をさかのぼること、農業の生物多様性、持続可能性、そして「風味がどこから来るのか」という発想に日々触れた。ラディッシュ一切れが人生で一番の一口になり得る――そんな環境が、彼を惹きつけ続けた。
店の料理人たちとの一回限りのコラボビールを記録するために始めたのが、「テスト・ブリュー(Test Brew)」のInstagramだった。これがやがて、ブランド名の起点になる。
大学時代の友人と踏み出した商業醸造
ホームブルーと店の仕事を行き来するうち、遊びは少しずつ本格化していく。パンデミック前、クレイトンは大学時代の旧友とともに、ニューヨークの「12%ビア・プロジェクト(12% Beer Project)」という醸造拠点でフリーソート(Freethought)というブランドを立ち上げた。商業の醸造デッキに立つ感覚をつかんだのはここでのことで、本人は当時を「毎日が学校で、間抜けに聞こえない質問をひねり出していた」と振り返る。
その過程で、ハドソン・バレー・ブルワリー(Hudson Valley Brewery)のジェイソン、ルート+ブランチ(Root + Branch)のアンソニーという二人が、技術を惜しみなく教えてくれる友人になった。クラフトビールの世界の、知識を分け合う気風そのものに助けられたという。
そして、自分たちの考えにもっと近いブランドが欲しくなったとき、名前を新しく考える必要はなかった。すでに「テスト・ブリュー」として実験を続けてきたのだから。「これが自分たちそのものだ」と決め、テナント醸造(他社設備を借りる形)で少しずつ立ち上げていった。

元レストランの一角を「テストキッチン」に変える
店を構えるウィリアムズバーグの場所は、もともとストレンジウェイズ(Strangeways)というレストランだった。テストは当初、マーケティング許可のもとでカウンター越しに缶を売るポップアップとして、この場所に間借りしていた。物件を本格的に引き継いだのは2024年頃。当時は法務やコンプライアンスの調整を進めながら、数週間後の営業再開を見込み、パティオを備えたこの場所を自分たちの「テストキッチン」へ育てていた。
2025年8月のインタビューで語られた醸造設備は、驚くほど小さい。アンヴィル(Anvil)のオールインワン機(当時は主に湯を扱うタンクとして使っていた)と、0.5〜1バレル(約60〜120リットル)ほどの手動マッシュタン。クレイトンは週に一度はこの小さな設備で自ら仕込み、商業規模の生産は他社の大型設備との取り決めで賄っていた。それでも小さな鍋に戻る理由を、本人はこう言う。ビールを料理のように扱い、ジャズを奏でるように、機械的でなく瞑想的に造れる瞬間こそが好きなのだ、と。
背景には、ニューヨーク州のファーム・ブルワリー・ライセンス(州内産原料の一定割合の使用を求める制度)もある。小規模生産者と地元農家を結びつけるこの仕組みが、彼のような造り手に居場所を与えている。
トウモロコシの供給網から造る、メキシカンラガー
テストのメキシカンラガーは、高い評価を集めてきた。その裏には、10年越しの物語がある。
ブルーヒル時代、クレイトンはバックウェイターのホルヘ・ガビリア(Jorge Gaviria)と出会う。ガビリアはやがて、オアハカで何世代も続く在来種トウモロコシの農家と、アメリカのシェフたちをつなぐ供給網「マシエンダ(Masienda)」を築いた人物だ。トルティーヤの基となるマサについての著書『マサ(Masa)』はジェームズ・ビアード賞にノミネートされ、いまではテレビCMにも登場する。二人はシフト終わりのビールを飲みながら、「このトウモロコシでメキシカンラガーを造れたら」と語り合っていた。
その夢が形になっていく。最初の一杯は、ストーン・バーンズ(Stone Barns)のシェフ招聘企画のディナー向けに、在来種コーンをニシュタマル化(石灰質のアルカリ溶液で長時間処理し、風味と栄養を引き出す中米伝来の技法)して仕込み、ハドソン・バレーらと組んで造った。続いてレストラン、コスメ(Cosme)の料理人と、ニシュタマル化コーンにホヤ・サンタやパッションフルーツを合わせたサワーのファームハウス、セノーテ(Cenote)も生まれた。
ラガー本体の設計はシンプルだ。ベースはウィーン麦芽に、ニシュタマル化コーンを5〜10%、ライトミュンヘン麦芽を5〜10%。安いビールでかさ増しに使われがちなコーンの枠を、あえて高価な在来種コーンに置き換える。2025年の仕込みでは、乾燥ニシュタマルではなく、ブルックリンの在来種トルティーヤ専門店ソブレ・マサ(Sobre Masa)のザックが仕込み直前に挽く新鮮なマサを使い、より軽やかに仕上げた。仕込みでコーンを挽き込むと、醸造所全体が花のようなトルティーヤ工場の香りに包まれるという。在来種コーンの華やかなアロマが、ノーブルホップ(ザーツ/Saaz)と驚くほど響き合う。狙いは、よく知られたメキシカンラガーの飲み心地に「もっと奥がある」とささやくような一杯。本人はそれを「パシフィコ・プラス」と表現する。
ヘイジーIPAの「縁の下の主役」はオーツ
ニューヨークのヘイジーIPAは激戦区だ。ある番組では、Untappd評価でフィデンス(Fidens)に次ぐ位置と紹介された。クレイトンが鍵と考えるのは、ホップではなくオーツだ。
人をヘイジーIPAに引き込むのは果実やトロピカルな香りでも、また飲みたくさせるのは、柔らかく枕のような質感だと彼は言う。その質感を生むのがオーツだ。テストが使うのは、戦前から伝わる在来種の高脂肪・高タンパクなオーツ。一般的な品種でオートミルクを作れば脱脂乳のようになるが、この在来種なら生クリームになる――その差が、溶けたソフトクリームのような舌触りに直結する。配合は5〜10%ほどに抑え、通常のオーツや麦芽化したオーツで支える。複数の形態のオーツを組み合わせる発想は、ルート+ブランチのアンソニーから学んだものだ。
品質を支えるのは地味な作業でもある。仕込みの全工程でpHを管理し、自分たちの水質に合わせて何年もかけて微調整してきた。香りと質感を保つために、コールドサイドのホップの風味をできるだけ逃さないことに気を配る。ニュージーランド産ホップにも傾倒し、人気品種ネクタロン(Nectaron)を生んだ育種家ロン・ビートソン博士(Dr. Ron Beatson)を招いて一緒に醸造したこともある。ネクタロンをシトラ(Citra)やリワカ(Riwaka)と組み合わせ、その個性が際立つ配合を探っている。2025年春には、日本のビアギークフェスティバル向けの大型コラボにも参加した。フィデンス、ルート+ブランチ、トゥルーン(Troon)、ノース・パーク(North Park)、ブルホス(Brujos)と組んだ一杯、セブン・サーモンズ・トゥ・ザ・デッド(Seven Sermons to the Dead/『死者への七つの語らい』/トリプルヘイジーIPA / ABV 10.5%)で、参加者全員がその場で「使おう」と一致したのもネクタロンだった。憧れの造り手たちと肩を並べることに、いまも実感が追いつかないという。
「初心者の心」で、失敗を恐れずに造り続ける
テストのビールには、ロットごとに番号(アディション)がラベルに記される。同じ銘柄でも少しずつ違ってよい――むしろ、その違いこそ求めている、というメッセージだ。農産物由来の原料には年ごと・畑ごとのばらつきがあるが、それを消すのではなく受け入れる。一貫性を最優先する産業の常識からは外れるが、クレイトンは「毎日、何か新しいものを仕込む気持ちで起きたい」と言う。
その姿勢を、彼は「初心者の心(ビギナーズ・マインド)」と呼ぶ。失敗を恐れず、自分の醸造所でも他人の現場でも日々しくじりながら、たまの成功と引き換えに、本当に新しいと感じられる一杯にたどり着く。スタイルが人気だからと斜に構えず、麹(こうじ)や別の発酵経路にも手を伸ばす。出発点は毎週ファーマーズマーケットに通う料理人のように、「いま手に入る原料は何か、それに合うビールのスタイルは何か」と問うこと。その順番で考えると、可能性は無限になる――そう信じて、テストは小さな鍋から実験を続けている。


