カナダ・ケベック州モントリオール。その南西部、ラシーン運河沿いのインダストリアルな一画に、骸骨の死神(リーパー)をシンボルに掲げたブルワリーがある。メソレム・ブラシトリウム。名前はラテン語で「死神(刈り取る者)の醸造所」を意味する。醸造を率いるヴァンサン・メナールは、ロゴの骸骨について「これはリーパー。うちの名前は死神って意味なんだ」と語っている。今回入荷するビールでも、墓掘り人を指すフォスワユーズ、最後の釘という名のス・デルニエ・クルーなど銘柄名まで一貫して死生観で統一された世界観が、このブルワリーの第一印象をつくっている。
メタルシーンで出会った三人が始めた
メソレムを立ち上げたのは、マルク=アンドレ・フィリオン、セバスチャン・シャプ、ヴァンサン・メナールの三人。いずれも2000年代初頭のモントリオールのアンダーグラウンドな音楽シーンで知り合った仲間で、それぞれにメタルバンドの経歴を持つ。シャプはテクニカルメタルバンド、アイオン・ディソナンス(Ion Dissonance)のギタリスト。メナールはザ・ラスト・フェロニー(The Last Felony)のドラマーとして、2008年にはカナダ各地をツアーで回った。フィリオンは元ボーカルで、ラップグループでの活動経験も持つ。
ビール造りへの転身は一足飛びではなかった。メナールはツアー生活と収入の不安定さに疲れ、ドラムから一度離れる。その間もホームブルーイングは続けていて、やがて醸造のコースで本格的に学び、ビールを専業にした。三人はそれぞれの得意分野を持ち寄った。シャプが経営と財務、メナールが醸造、フィリオンがデザインとブランディング。誰かひとりが全部を抱え込まない分担が、開業から今も変わらず続いている。
越境して飲んでいたビールを、自分たちの手で
きっかけは2015年にさかのぼる。三人は毎週金曜の夜に仲間と集まり、セラーで大事に取っておいた最高のビールを開けては、希少な一本について語り合っていた。話題の中心は、国境の南、アメリカのブルワリーが造る並外れたビールだった。当時のモントリオールには、彼らが本当に飲みたいスタイルが足りていなかった。「バーモントやニューヨークまで、わざわざ国境を越えて買いに行くのに疲れていた」とメナールは振り返る。無いなら自分たちで造ればいい。飲み手として集まっていた三人は、造り手になることを決めた。
物件にはこだわりがあった。当時のモントリオール南西部にはクラフトビールを飲める場所がほぼなく、三人はその一帯を選んでいくつもの建物を見て回った。今の物件に足を踏み入れた瞬間、正面にそびえる旧水道局の給水塔が目に入った。「あそこで飲んでもらったら最高だろう」と確信し、その場で決めた。ブランドのシーフォームグリーンは、その給水塔の色をそのまま採用したものだ。
2018年12月に運河沿いの物件を手に入れ、半年あまりを無収入で内装と設備の立ち上げに費やし、2019年8月に開業した。反応は本人たちの予想をはるかに超えていた。最初のリリースは二日で売り切れ、翌週のビールは一日で消えた。従業員はおらず、三人がほぼ泊まり込みで醸造を続けても追いつかない。タンクを増設した直後にコロナ禍が訪れた。ケベック州が醸造所の営業継続を認めたため閉鎖を免れ、需要はその後も途切れなかった。
開業当時の目標は、アザー・ハーフとアメリカン・ソレラ、そしてオーヴァル
メソレムが開業当初目標に掲げていたブルワリー、それはブルックリンのアザー・ハーフ。最大の影響源で、武骨でインダストリアルな雰囲気に憧れ、運河沿いの少し荒削りな物件を選んだのも、あの空気を再現したかったからだという。もう一つはアメリカン・ソレラ。ラガーやワイルドエールといった旧来のスタイルと、ペイストリースタウトやニューイングランドIPAのような新しいスタイルを、どちらも高い水準でこなす姿を理想とし、2019年頃にはコラボレーションも実現させた。そしてケベックのオーヴァル(Auval)。メナールが2020年時点で「一番好きなブルワリー」と語っていた存在である。
フラッグシップを置かない、鮮度第一のタップルーム
メソレムには、いわゆる看板の定番ビールがない。五種類ほどに絞り込むのではなく、スタイル単位で大きなラインナップを組み、気が向いたときに再び仕込む。固定された一本ではなく、回り続けるラインナップそのものがこのブルワリーの形だ。一つのレシピのホップだけを差し替えて別名にするようなやり方は採らず、麦芽の構成や配合から組み直す。
流通の考え方も明快だ。常温の棚にビールを並べず、契約醸造にも頼らない。とりわけIPAは「流通には乗せられない。新鮮で、ずっと冷えていなければ駄目だ」と言い切る。だからメソレムは自社タップルームでの提供を最優先とし、IPAは特に「鮮度を保てなければ出せない」という姿勢を貫く。鮮度を理由に通い続ける客がいることが、その方針を裏づけている。一方で2024年時点では、ポーランド、ハンガリー、米国各地のビールフェスティバルにも参加し、世界中のディストリビューターが醸造所を訪れるようになっている。
良いデザインがそのまま売上につながることを、バンドのマーチ(グッズ)販売で体に染み込ませてきた三人らしく、ビールの質と同じだけブランドの見せ方にもこだわっている。TシャツにはMessoremのロゴとリーパーのビジュアルを入れても、「Brewery」という文字も「Montreal」という地名も入れない。「知っている人には刺さる、知らない人は気になって聞く」そのロジックはバンドのグッズと同じで、ブランドの隅々まで一貫している。
ヘイジーIPAから、スラッシーサワー、樽熟成スタウトまで
主役はやはり、ジューシーでホップ感の強いヘイジーIPAだ。香り豊かなホップを軸に、フォソユーズのような銘柄を生み出してきた。
幅はそこにとどまらない。果実をたっぷり使い、スラッシーマシンでシャーベット状に提供するスムージーサワー。ジン樽でブラックベリーとキウイを合わせたもの、ワイン用ブドウを使ったものなど、フーダーを使った樽熟成のサワー・プログラムにも力を入れている。
さらに、35か月熟成のスタウトを樽でブレンドし、ココナッツやキャラメル、ヘーゼルナッツとバニラを合わせたデザートのような濃厚な樽熟成スタウトも手掛ける。「ビールと呼べるのか」と問われることもあるが、メナールの答えはシンプルで、「気に入ってもらえるかどうか。それで十分だ」。
飲み手として渇望していたビールを、造り手として追い求めてきた。メタルの世界観と、国境を越えて飲みに行っていた頃の原体験。その両方がメソレムのビールをつくっている。